2023.04.05
台風災害からの復旧に秘められた静鉄の文化 | 静岡鉄道株式会社 川井敏行社長インタビュー
鉄道に始まり、バス、不動産、ホテル、スーパーマーケット、カーディーラーなど、静岡県を中心に広く事業を展開している静鉄グループ。
静岡みんなの広報は静岡鉄道株式会社の川井社長に、鉄道復旧作業の裏側や持続可能なまちづくりへの取り組みについて伺いました。
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ソーシャルグッドカンパニーを目指して | 静岡鉄道株式会社 川井敏行社長インタビュー
台風15号の中に見た静鉄の文化
昨年9月、台風15号による水害がありました。今でもよく覚えています。あれは深夜3時くらいですね。
鉄道部から連絡が入りました。「社長、マズイことになっています!」と。慌てて飛び起き、スマホの充電をしようとしたところで、初めて停電に気がつきました。
家の外に出たらあたり一帯は真っ暗です。雨風も強く、にっちもさっちもいかない状態。
私は雨が弱まったタイミングを見計らって、急いで本社に向かいました。幸い、会社の周辺は電気がついていました。ただ、付近の地下道は冠水していて不安は募るばかりです。
夜明けから順次、関係各所に連絡をしていくと、被害の状況が徐々に明らかとなっていきました。
電車の運行は絶望的でした。
静岡市の東側、清水区では広範囲に及んで洪水と停電が起きていました。鉄道への被害も大きく、電気も通ってない上に、一部においては崩落によって線路が塞がれているとのこと。
すかさず復旧チームを立ち上げて対応策を練りました。
桜橋駅と狐ヶ崎駅の区間で路盤が崩落していて、これを直さないことには電車を通せない。なので、まず真っ先に土木工事が必要となりました。
専門業者の方に来ていただいて、工事の計画を立てたところ「復旧に3日はかかる」とのことでした。やむなく工事の必要な区間を封鎖し、その区間はバスの往復運転をすることにしました。
ただ黙って工事の完了を待っていることもできません。
通勤や通学ができない、買い物に行けないなど、静鉄が使えないことで困る方がたくさんいらっしゃいます。我々の仕事は「電車を動かすこと」それ自体ではなく、「人々の生活を守ること」です。日常を一刻でも早く取り戻すために、できることはないだろうか……と考えました。
そこで、復旧作業を手伝ってくれるボランティアを社内で募りました。
土や瓦礫を運ぶくらいでしたら専門的な技術はいりませんからね。一時間でも、一分でも早く復旧できるように、「とにかく人手がほしい」と社内掲示板でお願いをしたんです。
すると、あっという間に150人ものボランティアが集まりました。
その中には自身も水害に遭った社員がいました。断水でお風呂に入れていない社員もいました。それでも朝から荷物を運んだり、土嚢をつくる作業に加わってくれました。
社員一丸となって作業を手伝った結果、着手の段階で3日かかるといわれていた工事が、なんと1日で終わりました。復旧後の試運転には立ち会えませんでしたが、復旧現場でもSNS上でも感謝の声を多くいただきました。
電車が通れない区間で運行したバスの輸送の手伝いを募集したところ、こちらもあっという間に人が集まりました。
また、別の場所では、断水した地域で水を配ったり、被災された方々に生活必需品を届けたりと、あらゆるところで社員たちによるボランティア活動がおこなわれていました。
“いました“と表現したのは、私も後から知ったからです。「これをやっていました」「あれもやっていました」って、本当にもう、ほとんど事後報告ですよ(笑)
私の指示は大雑把なもので、「良いと思った行動はどんどんやってください」くらいだったんですけど、社員一人ひとりが自らの“良い”に従って動いてくれていたようです。
その時、実感しました。これが静鉄の文化なのだと。
地域の足を守ること、人々の生活を守ることが自分たちの使命だと、心から理解している社員が静鉄にはたくさんいて、彼らは自らの頭で考え、地域のために行動できる。
私は社員たちを誇りに思うと同時に、静鉄の理念がしっかり共感されていることを知って嬉しくなりました。
共感の力が「ここぞ!」を支える
静岡市にはプロサッカーチームの清水エスパルスもあるので、サッカーで例えるとします。
それまで優勢だった試合でカウンター攻撃を食うことってありますよね。その瞬間、話し合ったわけでもないのに、みんな一斉に防御に回るわけです。
もし誰も瞬間的に動けず、「お前行けよ」「俺がいくよ」「いや、ここは自分が……」なんて、悠長に話し合っていたら手遅れになってしまいます。
同じように、チャンスでもピンチでも「ここぞ!」という瞬間に目指すべきゴールに向かって動き出せる。自分のやるべきことがわかる。この咄嗟の動きを可能とするのは「共感の強さ」だと私は考えます。
理念の共感、責任の共感、ビジョンの共感。
そういった会社の本質を情報や活字として「共有」するだけではなく、心で、感情を伴って理解しているから「共感」です。
経営の基本はこの共感を磨くことにあるのではないかと、私は考えます。
もちろん、社員たちに共感してもらうには時間がかかります。
なにより、トップが言っていることと事業としてやっていることに矛盾があってもいけません。「お客さまのため」を謳いながら品質の低いものを売ったり、「社員のため」を謳いながらサービス残業を強制したりするのもおかしいですよね。
企業としてやっていることに社員が納得できて、初めて共感が得られるのではないでしょうか。
課題解決のために生まれた事業
静鉄の文化は100年を超える長い歴史の中で、時間をかけて醸成されてきたものであり、事業の変遷にも表れていると感じます。
静鉄グループがおこなっている事業は、鉄道に始まり、バスやタクシーといった自動車事業、スーパーマーケットのような流通、不動産やホテルなど多岐にわたります。
一見「手広くやっている」と思われがちですが、この原点には鉄道があり、すべては緩やかな物語で繋がっているのです。
たとえば、鉄道やバスを動かすことで見えてきた課題がありました。それは整備の課題です。
鉄道やバスを安全に運行するためには機器の整備は欠かせない。だから最初に整備のプロフェッショナルを育成しようと、できた関連会社が東海自動車工業株式会社でした。設立は昭和20年で、静鉄グループでは一番歴史が長い会社です。
その後、社会全体で家庭用自動車の普及が進んでいきました。
人々の移動の軸は自動車になっていくだろう。自動車に関するノウハウもあることだし、販売に関わる事業をやろう! そう考えて、トヨタ自動車と一緒に始めたのが静岡トヨペット(現・トヨタユナイテッド静岡株式会社)というディーラー業でした。
ディーラーを始めたものの、当時は免許を持っている人もほとんどいませんでした。売るよりも、まずは地域の人々が自動車免許を取得する場所が必要だろうと、生まれたのが静鉄自動車学校ですね。
ちょっと別のベクトルから見れば、私たちの運営するスーパーマーケット、静鉄ストアも地域のためにできることを考えたことで生まれた事業です。
生産者と消費者を結ぶ静鉄ストア
みなさんは新静岡センターをご存知ですか? きっと、静岡市に長くお住まいの方しかピンとこないですよね(笑)
14年前まで静鉄の始発点、新静岡駅にあった駅ビルが新静岡センターです。
できたのは昭和41年、私がまだ2、3歳だった頃かな。当時は駅やバスターミナルを持った商業施設なんて日本にほとんどない時代ですから、方々から視察が来ていたといいます。
新静岡センターは「一日一回立ち寄る場所で、何もかも提供できるようにする」というコンセプトで運営をしていました。その駅ビル内にあったスーパーマーケットが今の静鉄ストアの前身になります。
食べ物をつくっている人、運んでいる人、そしてそれを求めている人をマッチングさせる場所がスーパーマーケットの社会的な責任でもあります。
静鉄ストアが地域の生産者さんを大切にし、食育や食の安全に取り組む姿勢もお客さまの信頼につながり、ありがたいことに、静岡県内に多数の店舗を出すことができました。
このように、今日まで残っている事業で不自然に出来上がったものは一つもありません。その原点にはつねに、「地域の足を守っていく」というまちづくりへの大きな理念があるのです。
地域の方々の生活が少しでも豊かになるようにと、我々にできることをやっていたら、今のようなグループ会社となりました。
静岡鉄道ができて100年
100年もの間、静鉄で引き継がれてきた「地域の足を守っていく」という想い。それを次世代に橋渡しするのが私たちの使命なのかなと思います。
たった一つの原動力のもと、雨の日も風の日も、それこそ台風の日も、私たちは交通インフラを守ってきました。ただし、社会の変化に応じて人々の考え方や生き方も大きく変わってきています。
大きな声では言いづらいのですが、鉄道もバスも、現在ではあまり利益を出していません。採算を取るのが非常に難しい事業なんです。開設当時は利用者も多かったですが、自動車が普及したことで利用者は年々減っていきました。バスにいたっては昭和46年がピークです。
私たちの業界では内部補助と言って、鉄道やバスを成り立たせるために他の分野で利益を出して、その利益で事業を支えています。
電車の中吊り広告や派手にラッピングされた車両を、みなさんも目にしたことがありますよね。あれもお客さまから広告料をいただくことで、運賃を上げずに運用するための施策なのです。
値段を据え置いてでも大勢の方々に利用していただきたい。誰でも使えてこそインフラとしての価値があるというものです。交通インフラを支えることも、さまざまな事業に参入している理由の一つと言えます。
持続可能な社会づくり
世界で環境問題への取り組みが進んでいる中、交通インフラも排気ガスやエネルギーの削減が急務の課題となっています。
静鉄でも電気バスや鉄道新型車両の導入を進めています。
たとえば新型の電車では、運行にかかる電力使用量が今までの車両の半分くらいになります。
導入のための負担は最初こそ大きいですが、二酸化炭素の排出は少ないし、電気代も削減できて、長い目で見れば地球にも会社にも良いことしかありません。
また昨今では、ZEH(ゼッチ)住宅が注目されていますよね。ZEH住宅とは、net Zero Energy Houseの略であり、太陽光や風力といった自然エネルギーで発電をし、人が生活するために必要なエネルギーを補う住宅です。
昨年の12月にも、エネルギー自給自足型のホテルが西伊豆にできました。ホテルの反響はものすごくて、オープンからあっという間に予約でいっぱいになったといいます。
環境に配慮した住宅づくりに力を入れている建築会社は増えてきており、ZEH住宅のような生活に取り入れるだけで環境を守れるインフラがこれからのスタンダードになっていくのではないかと考えています。
我々としては、そういった環境投資も推し進めていきます。
静鉄の場合は沿線が11キロありますが、この区間を脱炭素先進地区にすることも検討しています。昨年11月に実施した「COOL CHOICE 2022 in しずおか」もCO2削減をアピールするイベントでした。
静鉄はこれから先100年も、交通インフラの火を絶やすことなく、人々の生活を守っていきます。また、地域の人々の困りごとを解決するために、MaaSやZEH住宅のような最新のソリューションを取り入れつつ、つねにソーシャルグッドな選択ができる企業であり続けたいと考えています。
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