2022.06.08
はじめはアルバイトとして働きました | 株式会社天神屋有田一喜社長インタビュー
今回、静岡みんなの広報がインタビューしたのは、株式会社天神屋代表取締役社長の有田一喜社長です。
天神屋は静岡県を中心に店舗を展開する老舗弁当・惣菜販売のチェーンです。「しぞ〜かおでん」の名を広めたことでも知られています。
2017年、天神屋の代表取締役として就任した有田社長は、過去にホテルや鉄道など、数々の事業の再建に携わってきました。
(取材先)静岡おでんの天神屋/テンジンヤ【公式ホームページ】
アルバイトとして工場で働く
はじめはアルバイトという立場で、深夜2時の工場に入らせてもらいました。それから朝7時まで仕事をして、そのあと9時から会議……のような仕事の仕方をしていました。会社の内情を知るために内側で働くのです。本当にかぎられた人しか私のことを知らないのです。店長くらいは私のことを知っていましたが、他のスタッフには言わない約束でいくつかの店舗に入っていました。
そこで諸先輩方に「そうじゃない!」と指導されていました。私は「すみません!」と謝ってばかりです。
天神屋に入る前は大手カレーチェーンや弁当チェーンでも働きました。同業他社のオペレーションの精度を知りたかったのです。とくにカレーチェーンはとても勉強になりました。
天神屋再ブレイクに向けて
天神屋に関わり始めたばかりのころの仮説では、食品は社会インフラに近いというイメージがありました。サービス面でより向上できるのではないかと考えていたのです。細かな部分を隅々まで合理化していくことで収益が増し、しっかりと再生させられるのではないかと。
しかし、天神屋を深く知っていくうちに仮説は大きく変わりました。
ポジティブだった面は、思った以上に「天神屋」という名前が静岡県内で強かったことです。インターネット調査で8割の人たちが認知していました。12〜60歳の幅広い世代に知られているのです。天神屋がはじまって今年で67年目なので、当時20歳だった人が87歳と考えると、より上の世代まで天神屋の名が届いているのです。
一方で、思ったより競争環境が激しいことを知りました。天神屋は惣菜とお弁当がメインなのですが、地域のお弁当屋さんだけが競合ではありません。もう少し広い目で見ると、マクドナルドやセブンイレブンまでもが競合になるのです。強力な競争相手の存在は誤算でした。
今まで関わってきたホテルも鉄道も、どちらも資産が稼ぐタイプのサービス業でした。ホテルでいえば、部屋自体がサービスでもあり、来て頂く理由になっています。鉄道も移動すること自体、そこに行くこと自体に価値があります。自社が持っている資産が収益に直結する割合が高いと感じました。
しかし、お弁当屋のような小売業は違います。毎日つくり、納品、販売して……という、いわゆる「サービス業」なのです。サービス業には、店舗が古めかしくても賑わっているところもありますし、内装に凝ったお店でも閑古鳥が鳴いていることがあります。
つまり、場所ではなくサービスに依存する部分があまりに大きいのです。そのような生々しい現場は初めての体験でした。しかも静岡県は東西で160kmもあり、とても手に負えません。
最初の2年はとにかく研究しました。サービス業は簡単に変えられない、変わらないのです。
ホテル、鉄道、そして天神屋へ
エクリプスグループ(注:天神屋の親会社、有田社長は創業メンバーの一人)での経営再建事業の始まりは北海道でのホテル再生でした。そのホテルは札幌から南へ2時間のところにある、日高という土地にあります。少し上の世代だとオグリキャップといったサラブレットが有名です。その日高のほぼ中心にあったホテルを買い取るところから始まりました(現・静内エクリプスホテル)。
10年近く前なので今だったらやり方が違うかもしれませんが、当時は何百、何千の細かい改善をしていくことで少しずつ売上を回復していく方法で再生をしていました。コスト削減や従業員の指名解雇は基本的にしません。全員の雇用継続が前提です。
そうした地道な再建を続けているうちに、その会社や事業が地域の資産になっていると思える瞬間があります。さらに一歩踏み込み、事業再建に社会的意義を見出せればプロジェクトの大きな柱になります。
そのような意味でも、天神屋には大きな展望があります。
静岡を代表するフードカンパニーへ
天神屋の今後の方向性は概ね決まりました。手始めに社内では、「天神屋は静岡を代表するフードカンパニーになる」と宣言しました。そこにはさまざまな想いがあります。
天神屋を始めたころの2年間は非常に骨が折れました。買収への反感や組織内のひずみを正常化し、「さあ、攻めるぞ」というタイミングでコロナの流行がやってきたのです。私たちも例に洩れず、身動きが取れなくなってしまいました。
緊急事態宣言によって、すべての動きが止められてしまったのです。そんな進退両難な局面が2年間も続くと、会社としてもフラストレーションが溜まってきます。「我々は何のために仕事をしているのだろうか?」という、ビジョンの共有が急務だと感じました。
まずは「何のため」を明確にするために、我々の仕事が他の現場と「何が違うか」を考えました。
たとえば、我々サービス業の現場は10年前と比べても、ほとんど自動化されていません。たとえばWEB制作会社は、ホームページをつくれば運営費や維持費が機械的に入ってきます。しかし、我々は手を動かしてお皿を洗わないとお金にならないのです。
一方で、機械化された業界にはない良い点もあります。私たちはお客様から「おいしかったよ。今日もありがとう」と言っていただけるのです。ホームページには「今日もありがとう。すごく助かったよ」とは言わないですし、つくった人にもわざわざお礼を言いません。その点、我々は日常的に「ありがとう」を言ってもらえます。
レストランや弁当屋がないと困る人も多いでしょう。つまり社会的に価値も十分にあります。
それなりに給料が高く、それなりにキャリアも伸び、それなりにプライベートの時間もあり、なおかつ「ありがとう」と言ってもらえる……そんな会社に定年まで務めたとしたら「いい人生だったな」と思えるはずです。
ところが、多くのサービス業はそうなっていません。機械化の進まない忙しい職場にありながら、給料は安く、キャリアも伸びにくいのが現状です。飲食店や弁当屋で働き続ける人生が想像しにくい世の中と言えるでしょう。はたして、このままで良いのでしょうか?
「我々は我々のために働いている。自分たちが胸を張って働くためにもちゃんと稼ごう」と、宣言を通じて社内で目標を共有しました。食品の小売りを仕事に選んだ人が未来を想像できる世界にするためにも、私たちがそのロールモデルになりたいと考えています。もちろんそのために、お客さまから支持をして頂き、今以上に「ありがとう」と言われる企業にならなくてはいけないと考えています。
まずは手始めに、静岡一の企業を目指します。そして、いずれは従業員の給料を1.3倍にし、有給も10日増やしたいと考えています。そのためにも今は頑張って稼いで、粛々と世の中のためになることをやらないといけません。
食のインフラを目指す
静岡一を考えた時、我々が目指すべきは食のインフラです。「ないと困る会社」にならないといけません。
江﨑グループの江﨑社長とも高齢者向けの宅配事業や介護食について話し合いました。我々も数十年経ったら介護される側になるでしょう。その頃にはきっと、今より介護される側の人口が増えているはずです。少子高齢化の進む日本で、食の問題はますます大きくなっていくことでしょう。
▼江崎グループの江崎社長インタビュー(静岡みんなの広報)
小さな街の挑戦が、世界を動かすかもしれない | 江﨑グループ社長インタビュー
理念や街への想いから導かれる戦略 | 江﨑グループ社長インタビュー
ファミレスの利用者が70、80歳になる未来がすぐそこまで迫っているのです。現在、フェミレスのメニューは30〜50歳くらいまでは対応ができますが、70歳ともなればそうはいきません。食べられるものがないのです。
食の未来のためにも、高齢者が必要とする食事やサービスをインフラのように提供できる会社が求められているのです。「静岡の今後50年の食のインフラを我々が支える」という志で、天神屋はやっていくつもりです。
それが実現したら天神屋は静岡、もっといえば日本から飛び出して、外貨を稼げるようになるかもしれません。外貨を稼ぐこともとても重要です。
すでに日本の経済力は目に見えて衰えてきています。たとえば、スマートフォンが良い例です。10万、15万円という手の届きにくい値段にまで高騰しているのに、日本人の給料は数十年前とほとんど変わっていません。世界に価値を提供できないかぎり、我々は貧乏になっていく一方です。そうならないためにも、日本の企業が世界に飛び出していく必要があるのです。
天神屋が静岡を飛び出せる可能性は十分あります。なぜなら静岡県民の8割が知ってくれていますから。この調子で知名度を上げていけばいいのです。しかし、「知ってもらう」だけでは十分とは言えません。
静岡で「天神屋です」と自己紹介すると「知ってるよ、お弁当屋さんでしょ。食の会社でしょ」と言ってもらえます。ただ、残念ながら「行こう!」とはあまり思ってもらえていないようです。本当に申し訳ないです。「昔は良かったね」と言われ続けた5年間でした。悔しいですね。
したがって、ここからいかに天神屋を「行きたいお店」、さらには「なくては困る食のインフラ」にするかが私の最大のチャレンジなのです。
今後の天神屋の店舗展開について
最盛期の天神屋は店舗数が多く、「静岡の食のインフラ」と呼べたのですが、今はそういう時代ではなくなっています。店舗数で頑張るのではなく、また違った形で食のインフラとなり、静岡を代表するフードカンパニーを目指します。
したがって、これまでと同じようなフォーマットで店舗数を拡大していくつもりはありません。どちらかというと、一度ご来店くださったお客様により喜んでいただけるお店にしていきたいと考えています。利用者の満足度を向上させていくのです。
もう一つは外食とデリバリーの強化です。本日ちょうど、東京で新しい店舗がオープンします。東京だと2店舗目です。そういった場所で静岡おでんを売ることもできますし、東京で流行っているものを静岡へ取り入れることもできます。商品開発はとにかく大変なので、応用できるところはしていかないといけません。レストランは学生が頑張れば出せるくらいの値段設定で、しっかりと利益を出しています。
食のインフラにはさまざまな形があると考えています。店舗だけでは、当然ありません。たとえば、我が社は一年半くらい前に杏林堂さんと提携して、商品を置いてくれる場所を20カ所くらい増やしました。
そこではレトルトのおでんやカレー、ポテトチップス、ふりかけ等がよく売れています。たぬきむすびは東京でも売れていますし、ドン・キホーテでも取り扱っていただいています。そのように、天神屋の露出ができる商品を拡大しています。
私たちのメインは食の事業全般ですが、「しぞ〜かおでん」だけは絶対に譲りません。天神屋は「しぞ〜かおでん」を中心に、おでんを食べられるお弁当、惣菜屋で知られているのです。昼間からおでんを食べようと思ったら天神屋です。
おそらく、「しぞ〜かおでん」を世界一売ったのも天神屋でしょう。その強みを最大限に活かしていきたいと考えています。
▼後編はこちら▼
地方では出る杭は打たれず、引っ張られやすい理由 | 天神屋 有田一喜 社長インタビュー
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