2023.03.29
ソーシャルグッドカンパニーを目指して | 静岡鉄道株式会社 川井敏行社長インタビュー
鉄道に始まり、バス、不動産、ホテル、スーパーマーケット、カーディーラーなど、静岡県を中心に広く事業を展開している静鉄グループ。
そのグループ本社である静岡鉄道株式会社(通称:静鉄・しずてつ)は、2019年に創立100周年を迎えた老舗企業ですが、昨今ではMaaS(マース)や脱炭素事業といった、新たなテクノロジーを取り入れた事業にも積極的です。
今回、静岡みんなの広報は静鉄の川井敏行社長に、静鉄の目指す「ソーシャルグッドカンパニー」の意図や「みんなの100日プロジェクト」といった新しい取り組みに秘められた想いを伺いました。
キーワードは「ソーシャルグッドカンパニー」
弊社は長期経営構想の中で「ソーシャルグッドカンパニーになろう!」という目標を掲げています。
ソーシャルグッドカンパニーとは、自分たちが儲けるだけではなく、地域社会の課題を解決し、地球環境や地域の人々も一緒にハッピーになれるような事業に取り組む会社のこと。
社員の賃金を減らし、安い下請け業者を雇って、質の低い商品を高く売る……のように、誰かの不幸の上に成り立つお金儲けというのも世の中にはあります。ただ、そういったやり方では格差社会を助長するだけです。
ソーシャルグッドカンパニーはその真逆にあります。
お客さまをはじめ、社員やその家族、ひいては地域に住んでいる多くの人々が幸せになるような経営を、静鉄グループは目指していきたいと考えています。
2021年から始まった「みんなの100日プロジェクト」、通称「100プロ」もソーシャルグッドを促進するために始めた取り組みです。
働きやすい職場をつくる「100プロ」とは?
社員アンケートで集めた意見をもとに、職場や働き方、制度などの「もっとこうなったらいいな」を叶えるのが100プロです。
売上を10%上げるとか、○○万円の利益を出すとか、会社としての経営目標ももちろん大切ですが、社員たち主導で目標を立ててもらうことで、職場の健全化を進めるとともに社員のリーダーシップを育む目的があります。
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具体例を挙げますと、たとえば昨年から「夏はTシャツでの出社がOK」になりました。
エアコンの設定温度が高めでも、社員は快適に過ごせますし、電気代という会社の経費削減にもつながり、環境へのダメージも小さくできるので間違いなくソーシャルグッドです。
ほかにも、「男性育休をとりやすくする」といったものがあります。これまで弊社では、育休の制度を利用した男性社員はほとんどいませんでしたが、育休の取得は男性にとっても人生設計における多様な選択肢の一つです。
一人でも多くの社員がそんな選択をできるように、100プロを中心に風土づくりが進められています。最近では管理職や鉄道の現場からも、数ヶ月から1年間の育休を取得する事例がどんどん増えてきました。
このように、100プロが始まってまだ2年足らずで、社内のルールや環境は大きく変わってきています。
「会社一丸となって働きやすい職場を目指す」という想いが共感されているからでしょうか。100プロをおこなう上で、あまり反発の声は聞こえてきません。
静鉄は多様なライフスタイルを提案できる会社になっていきたい。「こうしなくちゃ駄目だよ」と選択肢を狭めるのではなく、こちら側でさまざまな選択肢を用意してあげて、「あなたに合うタイプはこれかもしれないよ」っていうふうに、個を中心にした企業づくり、社会づくりをしていきたいと考えています。
交通サービスのあり方を変える「MaaS」の技術
次に静鉄がおこなっている地域の課題を解決する取り組み、「MaaS(マース)」の紹介です。
MaaSとはMobility as a Serviceの略であり、簡単に言えば、交通サービスをデジタルの技術を使って最適化するサービスのこと。静鉄グループは2019年から、しずおかMaaS(静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト)に取り組んでいます。
わかりやすいところですと、「AI相乗りタクシー」という実証実験を静岡市内でおこなっています。
これはデジタルの技術を使って需要と供給をマッチさせることで、余分な経費を削減し、かつ利用される方々の不便を減らすことを目的とした社会実験です。
うまく運用できれば、タクシーの利用者は料金を安く済ませられますし、運転手は無駄な移動を減らせます。無駄な移動がなくなれば環境へのダメージも抑えられるといった塩梅です。
昔はバスだって、時刻表をつくって走らせておけば一定以上のお客さまが利用してくださいましたした。しかし、昨今では需要と供給を比べると、供給が上回ってしまっています。
休日の始発には、ほとんど人が乗っていないですよね。日中でも、数人しか乗っていないことも珍しくありません。
1日に1,000人が利用しようが、1人が利用しようが、かかる電気代や人件費は変わらないわけですから、余分に使ったエネルギーやコストは会社にも環境にもマイナスになってしまいます。
かといって、ガソリンを入れないわけにはいきませんし、タイヤの空気圧をチェックするといった安全な運行のための費用は担保しなければいけません。削れないところは削れないわけです。
時代の変化、生活様式の変化、使う側の選択肢が増えたことなど、さまざまな要因がありますが、インフラにはインフラが成立するための絶対的なバランスや境界線があります。
そのバランスをデジタルの技術で保つのがMaaSというわけですね。
しかし、MaaSの効果はそれだけではないと私は考えています。MaaSという虫眼鏡を通して見ると社会への認識が深まり、課題の本質が明らかになってくる例もあると思います。
MaaSによって明らかになる課題の本質
たとえば、過疎化の進んだ山間部に住む高齢者の方がいたとします。
その方々は車を持ってなくて、バスがないと病院に通えないといった問題を抱えていたとします。だから「バスの本数を減らせない」と。しかし、これは果たして本当に「交通の課題」なのでしょうか。
真の目的は「バスに乗ること」ではなく、「診察を受けること」です。バスの本数を減らさないことに固執するのではなく、リモート診療ができるようにすれば目的は達成されるかもしれません。
あるいは学校の問題もそう。朝のバスがなくなってしまったら学校に通えなくなってしまう子どもたちも、オンライン授業を良しとすれば解決するとも言えます。
MaaSの力は万能薬ではありません。救われる地域もあれば、効果のない地域もあります。法律や国の仕組みを変えないと解決されない問題もたくさんあるでしょう。
しかし本質を正していくと、手段を変えるだけで解決される課題も無数にあるのだと私は考えています。
魅力的なエリアは強い点から始まる
先のMaaSの話題にも出てきましたが、人口減少によって生じるのは交通サービスの課題に限りません。労働力不足、財政の危機、社会保障制度のバランス崩壊などさまざまです。
人口の減りつつある日本で、多くの自治体が移住者を増やすための取り組みをおこなっていますよね。人口流出と高齢化が進む静岡も、もちろん例外ではありません。
「何年以上住んだら一軒家をプレゼントします」とか「通学をサポートします」とか、たしかに大切な取り組みだと思います。
しかし、どこも思ったようにはいかず、首都圏に人口が集中してしまっているのが現状です。そういった取り組みを見ていると、「課題の本質を見誤っているのかも」と思ってしまうこともあります。
たとえば、地域を盛り上げていこうと思った時も、多くの方々が“面”から変えていこうと思ってしまっている。「どんな町興しをしよう」とか、「どうやって観光地化しよう」といったように、いきなり広範囲での変化を求めてしまうのが行き詰まりの原因なのかなと、私は考えています。
新宿や渋谷は全国的に見ても非常に魅力的なエリアです。誰もが知っているし、憧れを持っています。
しかし、新宿も渋谷も最初からブランド力を持っていたわけではなく、魅力的なお店や人が集まって強固なブランドを築き上げていったに過ぎません。
新宿や渋谷のようなブランド力を持った「地域」をつくることに専念するより、いかに強い「お店」や「人」を増やしていくか、あるいは誘致することから始めないといけません。強い面は、強い点の集まりによってつくられているんですね。
それでいえば、浅間神社内に店を構えるてんぷら成生(なるせ)をご存じですか?
てんぷら成生は2021年3月、静鉄が管理を任されている土地に移転オープンした天ぷら屋さんです。
天ぷらの美味しさはさることながら、室町時代後期の武将、太田道灌によって築造された美しい庭園を眺めながら食事のできる素晴らしいお店として大変な人気を誇っています。
一日に二回転、7人で満席なので一日14人しか入れませんが、これがほぼ毎日満席。予約もほとんど取れません。なにより注目すべきは、来店者の7割から8割が県外からのお客さんなんです。
てんぷら成生は、すでに観光地のポテンシャルを持っているとも言えます。「観光地をつくりたい」と面の話をすることも大切ですが、しっかりした点があれば、自然と人は集まってくるものです。
働きたいと思える企業も強い点の一つ。
自分たちが働いて楽しいとか、やりがいを感じられる会社をつくっていけば、おのずと移住者は増えていくものです。
そのような強い点を結んで面にしていくことで、人の集まる土地ができるのではないかと私は考えます。
これから10年が勝負!
私の予想だと、これからの10年間が地域の運命を左右するのではないかと思っています。とくに影響が大きそうなのはリニア。リニアができることで、ピンチとチャンスが同時にやってくると考えています。
というのも、長距離移動が今以上に楽になることで、通勤や通学の考え方がアップデートされます。また、すでにその兆候が見られるように、リモートワークの普及が働き方を変えてきています。
通勤や通学のあり方が大きく変わった未来では、みんな住みやすい土地に住むようになるはずです。
これをピンチにするかチャンスにするかは、私たちの働き次第です。今こそみんなで一緒に考え、「住みたくなる静岡」をつくっていくタイミングではないでしょうか。
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